エアコン清掃について

エアコン清掃の営業をはじめようと思っているのだが、まずは身内からと考え、安くするから家のエアコン清掃をやらないかと実家の母に声をかけた。

 

最初に話したときの反応はまずまずで、そんなに安くて大丈夫なのか、本当に綺麗にしてもらえるのか等と心配もされたが、エアコン清掃を数年やってないということも言っていたので、なんだかんだやってくれるのかなといった感じではあった。

しかしその後父とも話したようで、やっぱりやらないと断られた。

その理由として、うちにあるエアコンの1つが少し構造的に複雑なようで、一度知り合いの業者さんに頼んだことがあるけどやってもらえず、変に扱われても困るからとのことを言われたが、個人的には納得できなかった。

 

うちには全部で4台のエアコンがあり、それが出来なかったとしても残りの3台をやれば良い話しなので、そもそもやらせる気ないやんと正直思った。

 

なんでそんなにエアコン清掃をさせたくないのか。

私も無理にしてもらおうとは思わないが、私がお金を持ってないことは両親も知っているので、エアコン清掃というよりもそこに少しでも協力してやろうと言う気はないのかと思った。

別に一台でも良いではないか。

 

書きながら少し苛立ちが出てきたが、書きたかったのはそういうことではない。

 

なぜ親がエアコン清掃をすんなりさせてくれないのかという本当の理由について、妄想の範囲に過ぎないが、自分なりに考えたことを書きたいのだ。

 

まず第一に思ったことは、業者に対する不信だ。

もしこれがサニクリーンやダスキン等の大手企業で安売りキャンペーンをしているとかだったらまだ大丈夫だった気もするが、やってもらうところは全く名もない個人事業の清掃屋。

清掃をしてくれる人と直接関係があるならまだしも、それも全く知らない人。

確かにまぁ怪しさもあるかもしれないが、親世代はネームバリュー…というか、自分が知ってるか、知らないか、ということが大きな判断材料になるのかな、と思った。

正直綺麗になるならどこでも良いし、大手じゃないからこそ安くできるのだと私は思うのだが、親世代はそうじゃない。

 

しかしそれでも娘が言ってるところだから大丈夫だろうと思えるような気もするが、その娘に対する信頼もないのだろうなと思った。

 

正直私は、これまで親に迷惑や心配をかけてきた。詳しくは割愛するが、父とは特にめちゃくちゃケンカもしてきた。

 

本当のところはわからないが、なんとなく両親が過去の私のことを引きずってる気がするのだ。

 

これまでもよくわからない行動をしてきたのだから今回もそうなのだろうと。

 

まぁこれは大いなる被害妄想の可能性が大なのだが、特に父は根に持つタイプなので、あり得ない話しではないと思った。

 

とりあえず私は少し悲しいのだが、そんなこと言ってても始まらないので、頭硬いな、と両親のことは割り切って、また次に進んでいきたい

チビについて

ブログ2日目。

 

ヒカルさんの本に、キャラクター、コンセプト、ストーリーを押さえると人の心を動かすことができると書いてあったのだが、そのうちの自分のキャラクターについて今日は書いてみようと思う。

 

私の1番の見た目の特徴と言えば、背が低いことだろう。

初対面だと特に、小さすぎるが故に身長何センチ?と聞いてくる人はたくさんいる。

久々に会う人にもよく「こんなに小さかったっけ?」と言われるし、ある意味珍しい存在ではあるのだろう。

親にも、運動会等では、小さすぎて逆に見つけやすいと言われていた。

 

チビなのはずっとコンプレックスだったし、全然気にしてないと言われたらウソになるけれど、最近ようやく、このサイズは私の武器になり得るのではないかと思い始めてきた。

 

では、どうすればこの見た目を生かせるのか。

 

そもそも、これだけ小さければある程度は目立つ。 慣れてくればそうでもないかもしれないけれど、普通サイズの人と並んだときに、身長の低さだけで他人の目を引くところはある。

もうこの時点でもしかしたらすごくメリットなのかもしれない。

 

あと、自分で言うのもなんだけど、小さいのってなんだかんだ可愛いのだ。

これまでの人生で幾度となくかわいいとの言葉をもらったことがあるし、年齢も若く見られることが多いが、それも身長が低いというのは大いに関係しているだろう。 ありがたい話しだ。

 

なんだか良いことも多そうだが、この背が低いということをさらに生かしていくにはどうしたらいいだろうか。

 

とりあえず、ネットで身長が低い人に対するイメージを調べたところ

かわいい

子供っぽい

頼りない

 

というのが出てきた。

その反対を考えると

かっこいい

大人っぽい

頼りがいがある

 

ということになるが、そういう印象を持ってもらうだけでも良いギャップはあるのかもしれない。 見た目はあえて子どもっぽさや頼りなさみたいなところに振り切って、実はしっかりしてる戦略家、みたいなのも良いかもしれない。

すごいメルヘンなかっこうをして、めちゃくちゃ政治経済とか固いことについて語ってたら面白そうではあるな、とはおもう。

メルヘンに興味はないけれど… 経済については今割と関心が高い人も多いと思うし、個人的にも気になる内容ではあるので、とりあえず勉強していくのは自分のためにもいいかもしれない。

 

とりあえず、見た目に反してなんかかっこいいぞ!って思ってもらえるようなキャラを作っていこうかな。 目指せチビ界の天海祐希

はじめてのブログ

ヒカルの本を読んで、1000文字程度でとりあえず何かを書きたい!!!と思って文字数カウントができるアプリを取ってみたけど、何を書いたら良いかわからない。

 

ここまで書いて76文字。

1000文字への道は果てしなく遠い。

 

ただ、私は文章を書くのが好きで、学生の頃は匿名のブログやスマホのメモで、毎日のように自分の思いや考えをツラツラと書き連ねていたことを本を読んで思い出した。

 

当時はバス通学で片道1時間程かかっていて、その道中に色々と書いてたけど、1時間も下を向いてスマホと向き合っているので、バスに揺られながら何度も吐きそうになっていたことも思い出した。

 

でも、それでも私はほぼ毎日文章を書き続けた。

 

文章を書くことが単純に好きだったのと、当時は本当に自分の中で言葉が溢れかえって仕方ない感覚があって、それを出さないとなんだかもったいない気がして、そういうのを全部残しておきたくてそうしていた。

 

ただ、それを自分以外の人に見てもらう勇気はなかった。

 

誰かに見てもらって良いことも悪いことも評価してもらいたいという願望はありつつも、恥ずかしさや怖さが勝ってしまっていた。

 

けど、本当は世の中に自分が思ってること…というか、自分が書いた文章を発信してみたかった。

 

誰かの力になりたいとかプラスになりたいとか、そんな思いじゃない。

 

ただただ、自己満。

 

あと、自分の文章を発信することで、どんな反響がくるのか。そんな興味がすごくあった。

 

そんな気持ちなんてすっかり忘れてた。

でも、ヒカルさんの本を読んで、学生の頃、毎日毎日文章を書いて自分の気持ちを整理してたことを思い出した。

 

バスの中でスマホと向き合って文章を書く時間が私にとっては至福の時間で、ワクワクしてた。

 

吐きそうだったけど。

 

あれから約6年。はてなブログ解説。

 

私の文章なんて読む人の方が少ないし、これをあげるのなんて勇気とも言えないことなのかもしれない。

 

けど、私にとっては大きな一歩。

多分サトシがマサラタウンから出て行く瞬間みたいなもの。多分。

 

今、自分が書いた文章や考えを発信せずに自分が待ち望む未来はやってこない気がしてて、ちょっと何が言いたいのかわからなくなってきたけど、要は今まで避け続けてきた発信を少しずつでもしていこうかと思っている次第です。

 

とりあえず私、少し足枷みたいなのがないとサボっちゃうし、まぁ自分の文章読んでもらいたいって気持ちもあるし、なにを書くかはわからないけど、ちょっとなんか頑張ってみようと思ってます。

あの頃みたいに、言葉が湧き出てくるようになるかなぁー